夏至乖離

2003年6月25日
別れました。
両親以外でこの世で一番好きな人だったかもしれません。
夏至の日が告別式という、何とあの人らしい。
前の日に電話で話していて、どうして居なくなるなんて思うよ?

式の間中、どこからか「冗談や」とあの人が出てくるかもと、
ずっと辺りを見回してました。
遺影と目が合っても見なかったことにして。

それから膝に乗ってきた小さな蝿取り蜘蛛と遊んでました。
追い払っても追い払っても膝によじ登ってくるんだもの。
確かに膝枕が好きな人だったけど。

最後のお別れの時も、ロビーで出棺を待っていたら
親族の方が探しに来て下さって、親族の方に混じって顔を見て、
あの人の好物をお棺に入れてあげることが出来ました。

顔を忘れないでおこうとマジマジと見つめました。
あんまり見つめてごめんなさい、恥ずかしかったですか。

普通の日々が始まっても、何気なく「あ、あの事聞かなきゃ」
「あれ話さなきゃ」と思う自分がいて
「あそっか、聞けない…どうしよう」と気がつく毎日。
アホですか、私。何度も何度も。

一番辛かったのは、同じ会社の人だったので訃報・葬儀日程を
本社に連絡せねばならず、用紙「死亡者欄」に名前を書く事でした。

忙しさに紛れて後回し、後回しにしていたら上司に
「智賀さん(仮名)、早くFAXして」と言われました。
仕事遅くてすみません。

慣れない。
居ないことに慣れない。慣れるわけが無い。
でも悲しいのは、泣く頻度が減ってきたことですか。

せめて自宅ではなく会社で倒れてくれていたら。
無断欠勤をおかしいと気がついていたら。
一人で死なせるようなことは無かったのに。

体調が悪いと言ってたのに、引きずってでも病院に
連れて行けばよかった。
もっと色んなことしてあげればよかった。
口ごたえもしなければよかった。

ごめんなさい。
あの世に行って、もし会ったら謝りたい。
 
 
 
 
 
 
 
 

コメント